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  • 恋するせんなん

    金熊寺

    金熊寺は、別名「一乗山観音院」と云い、真言宗仁和寺の末寺です。 白鳳十(682)年、修験道の開祖とされる役行者が創建したと伝わります。役行者の経行の霊場であったとも伝わり、役行者が本尊である如意輪観音像を造り、金峯、熊野両神を勧請し、その鎮守としたことから「金熊寺」と号するようになったとのことです。 約350年の歴史のある梅の名所「金熊寺梅林」、明治の神仏分離令により金熊寺より分離した「信達神社」に隣接し、豊かな自然を背景に、和泉における山岳宗教の拠点であったという歴史にふさわしく堂々とした佇まいを見せています。

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    信達神社

    梅の名所で知られる金熊寺梅林の近くにあります。濃い緑の参道を進むと、割り拝殿が、続いて石段の上に極彩色の本殿があらわれます。 天正年間に焼失したのち、江戸時代にこの地の豪族矢野氏が奔走し、五間社流造(桁行5間梁行2間)の立派な本殿を建てたと伝わります。江戸時代前期の建築では、大阪府最古級のものと考えられています。 本殿は長らく修復工事中でしたが、2021年春無事終了しました。

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    専徳寺

    江戸末期の名工「奈良利」の傑作・石造りの「天水桝(てんすいます)」があることで知られています。 寺伝によると、創建は明応3(1494)年。戦国時代には、泉州に勢力を伸ばしてきた根来寺と手を結び、深い掘割(ほりわり)をつくり、寺を城郭化、「城屋敷」や「城の谷」と呼ばれていたと伝わります。今も一部残る当時の掘割がその時代を物語ります。その後、天正5(1577)年、織田信長の紀州攻めにより樽井にも兵火が及び全焼したとのことです。

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