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    SENNAN LONG PARK (泉南りんくう公園)

    関西国際空港の対岸、「恋人の聖地」泉南マーブルビーチ、毎年海水浴場として賑わう「タルイサザンビーチ」に隣接する南北約2kmのエリアに、美しい自然を存分に生かした SENNAN LONG PARK (泉南りんくう公園)」が、2020年7月3日(金)オープンしました。 アクティビティエリア、コミュニティエリア、マルシェエリア、グランピングエリアからなり、地元の恵みを生かした食、スポーツ、レジャーをまるごと体験できる、関西最大級のリクリエーション施設です。

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    サザンぴあ

    関空島の対岸、「恋人の聖地」泉南マーブルビーチ前にある泉南市の総合交流拠点です。地域資源を活かした産品を紹介・販売しています。様々なお買い得イベントが開催され、近隣の農家の新鮮野菜や果物、地元の人気商品を購入する多くの人で賑わいます。飲食コーナーもあり、新鮮な海鮮丼などが人気です。

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    泉南マーブルビーチ

    白い大理石を敷き詰めた珍しいビーチ。2006年、大阪府では初めて「恋人の聖地」に認定され、2018年には、白いビーチに映えるハートのモニュメントが設置されました。"Sennan Marble Beach"(せんなんマーブルビーチ)と"always with you" (いつもあなたと)の文字の白い浮彫が施されており、 週末には多くのカップルや家族連れでにぎわう人気のフォトスポットになっています。

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    SORA RINKU(SORANOYU / SORA FIELD)

    2020年7月、「SENNAN LONG PARK(泉南りんくう公園)」にオープンした合宿施設「SORA RINKU」です。 関西の玄関口である関西国際空港から車で約15分という好立地で、施設の目の前には海水浴場としても人気のタルイサザンビーチが広がっています。 収容人数は222名。人工芝のサッカーグラウンドを併設し、近隣には野球場や体育館もあり、本格スポーツ合宿が可能です。 施設内には温泉も完備し、LONG PARK内は個性的な飲食店も充実! 団体でも個人でも楽しめる施設となっています。

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    大阪セイリングクラブ

    サザンビーチで、対岸の関空島から離着陸する航空機を眺めながら、最新のボードを使ってウィンドサーフィン、スタンドアップパドルサーフィンの楽しさが体験できる会員制のクラブです。

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    大阪海上釣り堀サザン

    海上釣堀で魚釣りが楽しめるスポットです。釣り道具はレンタルでき、釣った魚は全て持ち帰れます。季節やイベントに応じて多彩な魚が放流されており、有料で魚もさばいてもらえます。女性も楽しめ、夏季限定のナイターコースもあります。カップルでも、家族でも美味しい1日を楽しめるスポットです。

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    男里干潟

    泉南市と隣市の境を流れる男里川河口にみられる大阪府沿岸域に今なお現存する河口干潟で、底質は砂質、砂泥質、泥質です。規模は小さいものの、塩生植物や、ハクセンシオマネキなどの珍しいカニも見られ、また、周年にわたって、シラサギ、ユリカモメが飛来し、バードウォッチングにも利用されています。

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    タルイサザンビーチ

    関西国際空港を一望でき、離着陸する飛行機を眺められます。美しい白い砂浜と南国ムードをかもし出すヤシの木が、暑い夏に一服の清涼剤となって訪れる人を迎えてくれます。南海本線樽井駅から徒歩10分と好アクセスである事から、マリンスポーツの大会だけでなく大規模音楽イベントなども数多く開催されています。2020年、隣接する南北約2kmのエリアに総合レクリエーション公園「SENNAN LONG PARK(泉南りんくう公園)」が開園し、スポーツや食を含め、多様な楽しみ方のできる都市型公園として人気を博しています。

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    岡田浦漁港

    2019年末まで長らく親しまれてきた岡田浦漁港の日曜朝市は、2020年7月新しくオープンした「SENNAN LONG PARK」内「マルシェエリア」(泉南マーブルビーチ前)にて、週末、「LONG PARK 海のマルシェ」としてパワーアップした形で開催されています。 (日曜日は朝市、土曜日は季節により昼マルシェまたはナイトマルシェになります) 岡田浦漁港では、引き続き、海鮮バーベキューも楽しめる地引網体験等を楽しむことができます。

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    お菊松の碑

    非業の死を遂げた豊臣秀次の娘お菊は、家臣の手によって逃れ、現在の阪南市に住む豪族の娘として育てられます。成人して紀州の代官と結婚したお菊は、大坂夏の陣で豊臣方についた夫のために密使を引き受け、大坂城までの道中、泉南の山で男装しようと髪を切り落としそれを松の木の根元に埋めたとされています。その松があったと伝わる場所に、現在では、お菊を偲んで「お菊松 烈女姿見の遺跡」と彫られた石碑が建てられています。悲しい最期を迎えたお菊ですが、近年植えられた松も少しづつ大きくなり、訪れるひとたちに優しい木陰を提供しています。

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    泉南市立青少年の森

    自然に親しむことの少なくなった子どもたちに自然を肌でふれてもらうための学習施設です。宿泊もできますが、テント、炊さん用具、食べ物などは持参です。 【お知らせ】 道路の土砂崩れのため、青少年の森への立ち入りができない状態が続いており、青少年の森の利用は停止されたままとなっていましたが、2022年9月17日より利用が再開されます。ただし、林道の土砂崩れは復旧できておりませんので、泉佐野市側からご通行いただくこととなります。下記備考欄のリンクから泉南市ウェブサイトの詳細ぺージへ移動し、記載の注意事項をよくご確認いただき、ご通行・ご利用の際は管理人の指示に従っていただきますようお願い申し上げます。  

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    畦の谷地蔵

    生い茂る木々の間の岩肌が常に湿っていてることから「汗の谷」と呼ばれたと伝えられており、また根来の僧が病気平癒の願いを込めて地蔵尊を刻んで祈念したことに始まるともいわれています。 現在では、学業成就、頭痛が楽になる「頭の地蔵」として親しまれています。

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    信達神社

    梅の名所で知られる金熊寺梅林の近くにあります。濃い緑の参道を進むと、割り拝殿が、続いて石段の上に極彩色の本殿があらわれます。 天正年間に焼失したのち、江戸時代にこの地の豪族矢野氏が奔走し、五間社流造(桁行5間梁行2間)の立派な本殿を建てたと伝わります。江戸時代前期の建築では、大阪府最古級のものと考えられています。 本殿は長らく修復工事中でしたが、2021年春無事終了しました。

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    砂川奇勝

    砂川公園の一角に残る大自然の遺物。200万年前の洪積期にできた砂岩が堆積し、地殻変動により隆起して丘陵となったもので、非常にもろく雨水等で削られた姿が流れる川のようにみえることから「砂川」と称されました。一大行楽地であった戦前と比べて現在は規模がかなり縮小されましたが、現在でも当時の名残を垣間見ることができます。

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    泉南市農業公園「花咲きファーム」

    泉南市農業公園「花咲きファーム」には、世界の薔薇愛好家垂涎の的、デビッド・オースチン・ロージズ社のイングリッシュローズガーデンがあります。約3,000株以上の薔薇が咲きそろう春と、色や香りが更に濃厚になる秋にはローズ・フェスティバルが開催されます。社の最新の薔薇を実際に見たり、同社のスタッフに助言を受けたりして購入することができます。

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    紀泉わいわい村 FUNNY HEARTH

    紀泉わいわい村は、2023年4月1日より管理運営会社が変更になり、リニューアルオープンしています。詳しくは下記↓ウェブサイトをご覧ください。 〜手軽に楽しむ古民家体験、手ぶらで楽しむBBQ〜 紀泉わいわい村FUNNY HEARTHは、大阪府民の森ほりご園地にある古民家体験、BBQ、キャンプ施設です。薪でご飯を炊き風呂を沸かす体験をしながらおいしい食事を楽しむ古民家体験。Wi-Fiも順次開通。手ぶらで楽しめるBBQサイトは生ビールとともに!2023年8月1日(火)グランドオープン!

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    専徳寺

    江戸末期の名工「奈良利」の傑作・石造りの「天水桝(てんすいます)」があることで知られています。 寺伝によると、創建は明応3(1494)年。戦国時代には、泉州に勢力を伸ばしてきた根来寺と手を結び、深い掘割(ほりわり)をつくり、寺を城郭化、「城屋敷」や「城の谷」と呼ばれていたと伝わります。今も一部残る当時の掘割がその時代を物語ります。その後、天正5(1577)年、織田信長の紀州攻めにより樽井にも兵火が及び全焼したとのことです。

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    泉南市の歴史街道(2)浜街道

    泉南市内には歴史的に重要な五つの街道が走っています。 2つ目の街道としてご紹介するのは「浜街道」です。江戸時代、大坂と和歌山とをつなぐ、紀州街道のうち、鶴原(泉佐野市)で分岐し、海岸沿いに進むルートがこの街道でした。孝子(きょうし)越街道としても知られています。一時は、紀伊藩主および家中の往来などの通行量が信達を通る熊野街道(小栗街道)よりも多かったようです。

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    里外神社

    里外神社(りげじんじゃ)は、仁徳天皇(在位313-399年)の代に呉服(くれは)大明神を産土神として創立された社です。呉服大明神は、大阪池田市の呉服神社(くれはじんじゃ)に祀られている事でも知られている、呉の国から渡来し日本に機織(はたおり)技術を伝えたとされる織姫で、「機織」の守り神として崇敬されています。 また、境内に残る王餘魚淵(かれいがぶち)には、後鳥羽上皇に献上した「岡田ガレイ」が飼育されていたといわれています。現在のご祭神は素戔嗚尊(スサノオのミコト)です。

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    鹿島神社

    集落の中にある緑の多い落ち着いた境内です。創建年・由緒は不明ですが、ご祭神は宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)、又の御名を豊受姫之大神。食べ物を掌る神であり、住居の守り・商工業の守護神で、伊勢神宮の外宮にお祀りされている御祭神と同神です。

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    泉南市の煉瓦遺構(2)鳴滝の煉瓦の社

    鳴滝地区には、三和煉瓦製造所があり、昭和47年に廃業するまで煉瓦製造が盛んでした。地元の村民はほどんどが副業として煉瓦作りに携わっており、当時が偲ばれる煉瓦遺構が地区のあちこちに残っています。写真は、三和煉瓦製造所のお稲荷さんです。台座には自社製の赤煉瓦、参道には自社工場にあった「輪環(ホフマン)窯」の部材が使われているそうです。

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    玉ねぎの碑

    泉州地域で今も盛んな玉ねぎ栽培の歴史を語る碑です。明治中期から後期にかけ、泉州玉ねぎを流通ルートに乗せることに成功し、海外にも輸出した新家の森本徳松氏の功績を讃えています。

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    善照寺

    開山は、南北朝時代と言われており、境内には樹齢300年という大きなイチョウの木があります。浄土真宗本願寺派(西本願寺)で、宝永2年(1705年)から始まる泉州お花講の行事は今も続いています。

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    種河神社

    江戸時代初めに新社殿を建て、新家の各所にあった神社を合祀した本神社は、新家地区の融和の象徴です。1624年京都御室仁和寺より、種河明神の神号を授かりました。毎年春には美しい桜が人々の心を和ませてくれます。 白山神社も合祀されており、長年霊山として敬われた山頂に鎮座しています。

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    旧庄屋・豪農 山田家住宅

    山田家は、代々、庄屋職を務めた江戸時代からの豪農で村高1,600石を誇りました。泉南地域の数少ない豪農屋敷構えの構造が良く保存されていることから、平成14年には国の登録有形文化財となりました。

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    国史跡・海会寺跡広場

    約1350年前、白鳳時代に建立された巨大な寺院遺跡で、国の史跡に指定されています。幾度かの火事にあい、建物は残っていませんが、奈良の法隆寺と同じ伽藍配置を採用した寺院としては最古級のもので、数多くの建物が立ち並ぶ大寺院でした。現在の寺院跡は公園として整備されており、五重塔基壇や回廊跡などが部分的に復元され、実際に足を踏み入れて往時の壮麗さを体感することができます。また302点の出土品は一括して国の重要文化財に指定されており、隣接する「泉南市埋蔵文化財センター」に常設展示されています。

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    泉南市埋蔵文化財センター

    白鳳時代の大寺院「海会寺」跡に隣接し、史跡から発掘された出土品を展示しています。出土遺物のうち302点が国重要文化財に指定されており、2階の常設展示室では海会寺の出土品を中心に文化遺産の情報を発信しています。また、歴史関連図書やビデオなどを自由に閲覧できる図書情報コーナーが利用できます。また関連出版物の購入もできます。

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    厩戸王子跡

    熊野九十九王子社の一つで、明治40年に厩戸王子神社が一岡神社に合祀されて以降、現在の王子跡には石碑が残るのみとなっており、大阪府の指定史跡にもなっています。

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    「泉南石綿の碑」と「アトリエ泉南石綿の館」

    大阪府泉南地域は、明治末から石綿(アスベスト)繊維産業が盛んでした。なかでもここ泉南信達地区は工場が集中立地する石綿紡績産業の中心地でした。 2006年から8年半の長きにわたり続いた泉南アスベスト国家賠償請求訴訟は、2014年最高裁にて原告勝訴の判決が確定しました。その勝訴を記念し、また石綿被害により奪われた多くの命の鎮魂、すべての石綿被害根絶の願いを込めて、2015年に訴訟関連団体により「泉南石綿の碑(せんなんせきめんのひ)」が建立されました。

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    泉南市の歴史街道(5)大師道(だいしみち)

    浜街道(孝子越え街道)の樽井から、弘法大師の像がある林昌寺まで、野中を行く道が大師道で、昔は弘法大師信仰の道として親しまれてきました。 初秋には黄金の稲穂に赤い曼珠沙華と鮮やかなコントラストを楽しめる風景が広がります。

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    泉南市の歴史街道(4)信長街道

    信達市場から男里を通り、鳥取荘(阪南市)にいたる、全長5.5kmの道です。織田信長の紀州雑賀攻めに際し整備されたのでこの名で呼ばれています。

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    泉南市の歴史街道(3)根来街道

    信達から紀州根来までの全長17kmの道です。根来街道は樽井を起点とし、信達から風吹峠を越え紀州街道まで続きますが、その起点の碑が樽井にあります。浜街道と根来街道の交差点にあるこの碑には1839年の銘が記され、下記のとおりの道標が残っています。 (正面)「すぐ大川左紀州いせきこえ」 (南面)「右大坂」 (北面)「すぐ大坂」 (裏面)「天保十巳亥年十月吉日」

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    幡代のまちなみ

    幡代地区は男里川の上流、金熊寺川沿いにあります。門構えのある入母屋作り本瓦葺きの重厚な建物が並ぶ幡代のまちなみは、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出しており、2006年、「大阪まちなみ百景」に選ばれました。 「大阪まちなみ百景」は、府内にある美しいまちなみを見つめなおし守り育て、また、国内外から大阪を訪れる人々にその魅力を広く周知する目的で選定されます。

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    伝 信達一之瀬王子跡

    地蔵菩薩 馬頭(ばとう)観音を祀っており、この辺りに熊野詣の九十九王子のひとつ、信達一之瀬王子があったと想定されています。鎌倉時代初期の歌人藤原定家の熊野御幸記によると「天晴るる払暁道にいでて信達一ノ瀬王子に参ず また坂の中において祓う 次いで地蔵堂の王子に参ず 次いでウハ目王子に参ず」とあり、後鳥羽上皇一行がここを出発したときの様子が記されています。

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    紀州街道信達宿本陣跡 角谷家

    参勤交代の折に紀州徳川家が泊まった本陣です。紀州街道は、紀州藩と岸和田藩の参勤交代路として整備され、紀州徳川家の参勤交代は、この角谷(つのや)家本陣で一泊することが習わしとなっていました。 紀州公ゆかりの調度品や、八代将軍吉宗の紀州藩時代の宿札、約1,500人とも伝わる大名行列の宿割をはじめとして当時の様子がうかがえる貴重な古文書も多く保存されています。写真は当時の勝手門で、右手の2階建ての蔵の部分に、人足(にんそく)の手配や荷物の継ぎたてをする人馬問屋が置かれていました。

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    市場稲荷神社

    熊野街道の近く、信達市場にある神社で、ご祭神の豊受姫大神は、農業をはじめとし、機織(はたおり)その他各産業の発展をつかさどる神様です。創建は天仁元年(1108年)で伊勢外宮より勧請されました。江戸時代、この周辺に市(いち)がたつようになり賑わったので「商売の神様」として祭られるようになり、「市場稲荷神社」と呼ばれるようになりました。 秋祭りには、五穀豊穣を感謝する「御座」や、やぐらの宮入が行われます。 ※現在、本殿と拝殿の建て替え工事が進んでおり、2024年秋完成予定です。詳しくは↓↓備考欄をご覧ください。

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    往生院

    熊野街道沿いにあり、679年に天武天皇の勅願寺として創建されたと伝わります。中世以前は七堂伽藍を有する大寺院でしたが、豊臣秀吉の根来寺攻めの兵火によって、堂塔すべてを焼失しました。 創建者である道昭は、遣唐使のひとりとして留学した際、「西遊記」に登場する「三蔵法師」のモデルである唐の僧侶玄奘三蔵の教えを受けたことや、行基の師としても知られる名僧です。 和泉西国三十三箇所第14番札所。

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    秋まつり(やぐら)

    毎年10月初めに市内各地で、郷土の伝統芸能を継承した地車(やぐら)の曳行が秋の豊作を祝い、賑やかにとりおこなわれています。泉州南部独特の秋祭りを是非一度ご覧下さい。

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    長慶寺

    神亀年間(724年頃)行基により創建され、聖武天皇の勅願寺であったと伝えられています。本尊は行基自作の秘仏であり、60年に1度の御開帳となっています。 6月には、参道石段の両脇や二つのアジサイの谷をはじめ、全山がアジサイで彩られることから、アジサイ寺とも呼ばれ、プロ・アマチュアを問わず多くのカメラマンが訪れます。また、高台にある本寺からは泉南市を一望でき、さらには関西国際空港や淡路島も望む事ができます。 和泉西国三十三箇所第28番、南海沿線七福神 福禄寿 第5番、ぼけよけ地蔵尊二十四霊場 第23番でもあり、多くの参拝客が訪れます。

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    真如寺

    真如寺(法性山寂静院)は、正式な本陣である角谷家に対し、紀州藩の隠れ本陣として使われていました。 部屋の襖をはずすと500人もの一行が一堂に会することの出来る大広間としても使え、江戸時代には参勤交代の一行が利用しました。 また、門脇の樹齢300年の「かいづかいぶき」は松平主税(後の徳川吉宗)が植樹したと言われています。

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    泉南市の歴史街道(1)熊野街道

    泉南市には歴史的に重要な5つの街道があります。ひとつめは熊野街道です。 中世には京の都から熊野三山へ詣でる「熊野街道」の宿場として、そして江戸時代には参勤交代の宿駅「信達宿」として発展してきたのが信達の地域です。 信達大苗代、市場、牧野の街並みは、今も当時の面影を強く残しています。

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    林昌寺 (Rinsho-ji Temple)

    Click the link shown at the bottom of this page for a non-machine English translation focusing on goma-burning and fire-walking rituals. 行基開山と伝わる真言宗の古刹。清雅な佇まいの境内では、山号(躑躅山)にもなっているツツジが、毎年4月下旬に色づき始めます。ツツジのあとは、京都・東福寺の本坊庭園(国の名勝)などでも知られる日本を代表する作庭家・重森三玲 (SHIGEMORI Mirei) 氏の「法林の庭 (Horin-no-niwa Garden)」でサツキが見頃を迎えます。

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    岡中鎮守社の大くす

    岡中地区の鎮守社の跡にあり、幹周りは8.2m、根元の周りは12m、高さ30m、枝が覆う地面は300平方メートル以上の大木で、樹齢は800年を超えると言われており、遠くから見ると森のようです。大阪府の天然記念物に指定されています。

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    熊野街道信達宿 梶本家の野田藤

    古い街並みが残る熊野街道にある梶本さんのお宅では、樹齢40年を超える1本の野田藤が毎年4万もの花房をつけ、街道には藤の香りが漂います。藤が見頃を迎える毎年4月中旬から下旬には、藤棚が一般公開され、藤棚のそばに観賞台が設置され、眼下に広がる藤の花房を見渡すことができます。また土日には「ふじまつり」も開催され、熊野街道は多くの花見客で賑わい、熊野詣や参勤交代の一行が訪れた往時を彷彿とさせます。 信達宿は、熊野街道沿いの宿場町であり、また、江戸時代には、紀州徳川家の参勤交代時の最初の宿場であり、梶本家は屋号を「油新(ゆうしん)」という、油類も商う旅籠でした。

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    光平寺

    光平寺は、発掘調査によって、その創建は平安時代後期まで遡ると考えられる寺院です。戦国時代は根来寺の末寺として広大な寺域を有していましたが、天正年間、信長・秀吉の紀州攻めの際焼失し、その後再建されたと伝わります。明治時代の神仏分離令までは男神社(おのじんじゃ)の神宮寺でもありました。緑の寺庭の奥に静かに佇む南北朝時代の五輪塔は泉南市の歴史を語る上で貴重な文化遺産です。

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    天神の森

    ここ天神の森には、男神社の元宮があり、浜の宮とも呼ばれています。江戸時代に防風林として植えられた松林を中心に、緑の森が広がっており、心地よい散策スポットでもあり、地元の子供達の遊び場にもなっています。 この森一帯は、昔は海浜であり、船舶の碇舶に適しており、神武天皇東遷の折、戦いで傷を負った「天皇の兄・五瀬命」が手当を受け、無念のあまり雄々しく叫んだ土地と伝わっています。古事記では、男之水門(おのみなと)、日本書記では、山之井水門(やまのいのみなと)または雄水門(おのみなと)と呼ばれているのがこの辺りと言われています。

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    南泉寺

    樽井の地名発祥の寺です。名水が湧いたという「虚空蔵井戸」が本堂裏にあったとされます。信長の紀州攻めにより全焼する以前は、広大な寺領を有し、樽井台地に寺町を形成していました。 ※本堂は、現在修復工事中です(令和6年頃完了予定) (修復工事中は、事前に電話連絡すれば、仮の御堂でご本尊にお参りでき、また、御財印・御朱印もいただけます。連絡先については、↓の備考欄をご覧ください)

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    山之井(樽井山の井遺跡碑と男里山之井碑)

    男里の天神の森から樽井小学校付近一帯は山之井水門と伝えられ、古事記・日本書記によると、神武天皇の兄の五瀬命が矢傷を受け、無念のあまり叫んだところとされており、樽井には記念碑と玉垣を中心とした遺跡公園があり、男里にも地元住民が建立した遺跡碑があります。男里の遺跡碑は以前は五瀬命が矢傷を洗ったとされる「矢血代場(やちおば)」近くにありましたが、空港道路建設に伴い、現在の地に移転されました。

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    仁右衛門坂

    樽井台地の上からまっすぐに樽井の浜へ向かって伸びる坂で、上からの眺めは壮観です。江戸時代に、酒造業や廻船業を営む豪商深見仁右衛門(にえもん)が、商品を船積みするのに便利なように、自分の屋敷から浜まで一直線に坂道をつけたと伝わります。当時の豪商の力がうかがえます。 泉南の廻船業の歴史を知る上でも貴重なものです。

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    茅渟神社

    社名にちなみ、チヌ(黒鯛)愛好家が供養と釣りの安全を祈願し全国から訪れる神社です。 熊野詣が盛んになる平安時代、庶民が八王子権現を勧請したのが起源とされています。豊臣秀吉の根来攻めで一度焼失しました。現在の社はその後再建されたものです。 400年前の社殿は、桃山建築の様式を今に伝えています。

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    泉南市の煉瓦遺構(1)赤煉瓦の紡績工場跡「Rui」ほか

    赤煉瓦「Rui」 大正時代に建てられた紡績工場跡です。大正時代に西野紋羽として創業し、その後西野紡績に名前を変えた紡績会社の工場だった建物です。 当時の面影を色濃く残したまま、現在はお洒落なカフェ兼インテリア雑貨ショップとして営業しており、コンサートやアート展などのイベントにも活用されています。

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    男神社 (おのじんじゃ)

    大阪みどりの百選にも選ばれた、豊かな緑を誇るこの神社は、神武天皇東遷の際、戦傷を負った皇兄、五瀬命(いつせのみこと)が雄たけびをあげたことから、「おたけびの宮」とも呼ばれています。深緑の参道は、まるで古代にタイムスリップしていくような不思議な空間です。年2回の大祓神事(茅の輪くぐり神事)にも多くの参拝客が訪れます。

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